2025-05-03 永遠の輝き

ダイヤモンドの語は「adamantine(破壊できない)」に由来するとか。実際は割と脆いし、熱に弱い。おまけにそこまで希少でもない、その割に高価である。その原因は「De Beers」だ、ダイアモンドの流通を牛耳り、需要に応じて供給を制御して価格を引き上げてきた。牛耳ったからといって、何も魅力がなければ売れるわけではない、現に私のうんこは流通していない。なぜダイヤモンドが広く受け入れられるようになったかの物語を「宝石」[A.Raden]から抜粋してみよう。まずは結婚指輪の歴史を追ってみる。
輪の形と「約束」との間の連想は古代から存在するとかで、世界各地で忠誠や結婚を示すのに腕輪が多々利用されてきたらしい。指輪を利用するようになったのは古代ローマ人で、鉄製の頑丈なものを用い、多くの場合「二人の男性の間で観念的な誓いのために交換された」とのことだがよくわからない、義兄弟の契りのようなものだろうか。恋人間でも指輪が交換されることはあったようだが、意外にもそれ以外の間柄で交換される物の方が飾り立てられていたらしい。ちなみに古代ローマでも左手の薬指に指輪を着けたらしい、そこには「vena amoris(愛の血管)」という特別な静脈があると考えられていた云々、この頃の文化を今に受け継いでいるのは不明である。
指輪の文化はローマの崩壊と共に忘れ去られた。西洋社会に再び指輪が復活するのは、教皇インノケンティウス3世の改革に端を発する。改革によって、婚姻はカトリック教会の管理下におかれるようになった。結婚するには、教会に許可申請を出し、申請が受理・公表されるまで待つ。このお役所仕事的待機の発生が婚約期間という概念の誕生のようであるが、その期間中の結婚の意思表示として指輪を身に付けるようになった云々。しかし、こうなると現代の結婚制度上この意味での婚約期間は存在するのかという素朴な疑問が湧いてくるが本記事とは無関係なので忘れよう。
ということで、婚約指輪の文化の起源はなんとなく見えてきた。しかし、定番のダイヤモンドとは無関係である。婚約指輪とダイヤモンドが結びついたのは近年であり、「De Beers」の優れた企業努力の賜物らしい。ということで、「De Beers」の話をしよう。市場で圧倒的優位を築き楽々ちんちんな「De Beers」であったが、二度の大戦を終える頃には主要顧客だった貴族階級の権勢はすっかり失われていた。おまけに資本主義経済の発達で市場構造は大きく変貌、中間層が台頭し、経済的・文化的に影響力を持つようになった。彼らの関心がなければ生き残ることはできないのだが、「De Beers」の1946年の調査によって判明したのは、中間層は高価な石ころを買うことに関心を持たないという恐ろしい現実であった。生き残るには、彼らの関心をどうにか集める、つまり存在しない市場を切り拓く必要があるという絶望的状況と立ち向かう必要があった。
「De Beers」が目を付けたのは、「Maximilian I.」と「Marie de Bourgogne」の結婚だ。プロポーズにダイヤモンドの婚約指輪をプレゼントした事例である。実態は、お貴族様の結婚らしく大変ロマンチックなもので、領土取引を目的としていた。そのため、婚約指輪の送り相手も花嫁というよりはその父親「Charles le Téméraire」と捉えるべきではあるが、臭いものには蓋である。これを理想的な婚約形態として、ダイヤモンドの指輪こそが愛の試金石であるというプロモーション活動を押し出すことにしたようだ。
このプロモーションの実行部隊は広告代理店の「N.W.Ayers」である。このプロモーションで、「A Diamond is Forever」や「二ヶ月分の給料を永遠に続くものに」といった今でも知られる名キャッチコピーが生み出された他、プロダクトプレイスメントの先駆け的なプロモーションを行うなど、かなり精力的な仕事が行われたようである。幸いなことに、その努力は大いに実り、ダイヤモンドの結婚指輪が尊ばれる文化は誕生した。
ところで、「二ヶ月分の給料」が気になった人もいるだろう。私も「三ヶ月分」ではなかったかと気になったが、昭和の景気の良かった時代の話のようである。最近の相場[zexy]を見るに、二ヶ月分かそれ以下になったようであるが、これが景気後退なのか、プロモーションの寿命なのかは存じ上げない。おそらく後者だ、というのも、浮かれている友人に、婚約指輪を買ったのかと尋ねたような記憶が朧げながらあるが、買わなかったと記憶しているので、奥様の気にするような外圧も特にないのだろう。永遠の輝きをもつプロモーションは存在しないようで。
本記事を書くにあたって大いに参考にした「宝石」[A.Raden]であるが、論理展開が取りにくい部分はあるものの、宝石にまつわる物語が盛り沢山の魅力的な作品である。特にマリー・アントワネット周辺のヒューマンドラマは見応えがあったような記憶がある。忘れた部分を見返したいと思う程度には面白い本だったので、読者諸賢にもお勧めしておく。

参考

A.Raden:宝石 (ISBN13: 978-4806715481)